乾燥ストレス時に植物の生長を止めるタンパク質複合体を発見 ~植物の生長と乾燥耐性のバランスを最適化~
乾燥ストレス時に植物の生長を止めるタンパク質複合体を発見
~植物の生長と乾燥耐性のバランスを最適化~
国立大学法人新万博体育_万博体育官网-【官方授权牌照】大学院農学研究院の梅澤泰史教授、大学院生物システム応用科学府の神山佳明博士(当時:日本学術振興会特別研究員)らの研究グループは、植物の生長と乾燥ストレス応答の間のバランスを最適化する働きをもつタンパク質複合体を新たに発見しました。
植物は、温和な環境条件では生長を促進する一方、ストレス条件では、生長を抑制するという代償を払ってストレスに応答します。この仕組みは「生長とストレス応答のトレード?オフ」と呼ばれ、植物の環境適応能力を支えていますが、その詳細な分子メカニズムは不明でした。今回、研究グループはRaf13タンパク質というプロテインキナーゼ[1]の働きが生長と乾燥ストレス応答のトレード?オフを調節していることを発見しました。また、Raf13の働きを強めるIREH1およびRaf13の働きを弱めるPP2Aも新たに同定し、このRaf13-IREH1-PP2A複合体が植物の「温和な生育環境での生長促進」と「劣悪環境でのストレス応答の強化」の間のバランスを調節していることを明らかにしました(図1)。本研究の成果は、収量とストレス耐性のバランスを最適化した作物の創出へ応用されることが期待されます。
本研究成果は、12月19日付で米国科学アカデミー紀要『Proceedings of the National Academy of Sciences of the USA(PNAS)』に掲載されました。
論文名:Hyperosmolarity-induced suppression of group B1 Raf-like protein kinases modulates drought-growth trade-off in Arabidopsis
URL:https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2419204121
背景
植物は絶えず外部環境の変化にさらされています。それに適応するために植物は周囲の環境変動に応じて生長戦略を変化させます。例えば、植物は光や水、栄養などに富んだ温和な生育環境条件では葉や根を大きく展開できるように可能な限り生長を促進します。一方で、乾燥地や塩類集積地などの水分の獲得が難しいストレス条件下では、生長に利用するエネルギーの一部を使ってストレスに応答し、植物ホルモン「アブシジン酸(ABA)[2]」がプロテインキナーゼの一種であるSnRK2[3]を活性化させ、ストレス応答をONにします(図1右)。そのため、植物がストレス耐性を発揮すると、その代償として生長は抑制されます。このように、生長の促進とストレス応答の間にはトレード?オフの関係があり、乾燥や塩害にさらされた植物がストレス応答をONにする際に、ストレス応答に多くのエネルギーを再配分できるように生長をOFFにするという研究例がいくつか報告されてきました。研究グループは、植物が特異的にもつプロテインキナーゼSnRK2が、乾燥ストレスやABAの蓄積に応答して活性化し、植物のストレス応答をONにする中心的な制御因子であることを明らかにしてきました(図1右)。しかしながら、これらの詳細な仕組みの全貌は明らかではありませんでした。
研究体制
本研究は、国立大学法人新万博体育_万博体育官网-【官方授权牌照】大学院農学研究院生物システム科学部門の梅澤泰史教授、同大学院生物システム応用科学府の神山佳明博士(現:京都大学大学院理学研究科 日本学術振興会特別研究員PD)、片桐壮太郎博士(現:国立研究開発法人理化学研究所 環境資源科学研究センター 特別研究員)、李揚丹博士、山下昂太氏(同大学院博士後期課程)、高瀬緋奈乃氏(同大学院博士前期課程)から構成される研究グループによって実施されました。本研究は、JSPS科研費JP21J10962、JP23KJ1163、JP19H03240、JP21H05654、JP23H02497、JP23H04192、およびJSTムーンショット型研究開発事業 [20350427] の支援を受けて行われたものです。
研究成果
今回の研究では、リン酸化プロテオーム解析[4]と呼ばれる技術を駆使することで、乾燥ストレスに応答してリン酸化レベルを変化させるタンパク質を同定し、植物の乾燥ストレスへの適応メカニズムに関わる新たな因子を発見しようと試みました。その結果、Raf13キナーゼのリン酸化レベルが乾燥ストレスに応答して低下していく、すなわち「乾燥ストレスでRaf13の脱リン酸化が起こる」ことを発見しました。Raf13はRaf型プロテインキナーゼのB1サブグループに属する1つで、その機能は明らかではありませんでした。
研究グループは、Raf13は温和な生育条件では高いリン酸化レベルで細胞内に集積する一方で、乾燥ストレス条件で脱リン酸化されると、活性の低下やタンパク質の分解が起こることを明らかにしました(図1)。また、Raf13遺伝子やRaf13と近縁なRaf15遺伝子を破壊したシロイヌナズナ変異体(raf13raf15)が、野生型シロイヌナズナよりも生長が減衰すると同時に、ストレス応答が亢進することを見出しました(図2)。さらに、Raf13キナーゼの相互作用因子としてプロテインキナーゼIREH1を同定し、IREH1がRaf13をリン酸化することがRaf13の働きに重要であることを証明しました(図1左、図2)。加えて、乾燥ストレス条件では、プロテインフォスファターゼ[5]であるPP2Aフォスファターゼの働きにより速やかにRaf13が脱リン酸化され、Raf13による生長シグナルがOFFになることを発見しました(図1右)。
以上の結果から、IREH1キナーゼとPP2AフォスファターゼはRaf13キナーゼの働きを調節しており、これらRaf13-IREH1-PP2A複合体が植物の生長と乾燥ストレス応答のバランスを制御するメカニズムの1つであると結論付けました。植物は、このメカニズムを持つことによって、劣悪な環境条件では生長よりもストレス応答を優遇的に促進し、環境ストレス耐性を向上させることができると考えられます(図1)。
今後の展開
本研究によって、植物の機能未知プロテインキナーゼRaf13とIREH1が、温和な生育環境で生長シグナルをONにする代償として劣悪環境におけるストレス応答を抑えてしまうトレード?オフの性質をもつタンパク質であることが明らかになりました。また、乾燥ストレスを受けた植物細胞内では、PP2Aフォスファターゼの働きによってRaf13キナーゼによる生長シグナルがOFFになり、植物はより効率的にストレス応答を活性化できることが分かりました。今後は、Raf13とIREH1がプロテインキナーゼとしてリン酸化する基質タンパク質の機能を明らかにしたり、PP2Aが乾燥ストレスを認識するメカニズムを明らかにしたりすることで、植物のストレス適応機構の理解が進むことが期待されます。将来的には、植物の生長とストレス応答のバランスを人為的にコントロールして、ストレスに強く、かつ高収量な作物の創出へと応用されることが期待されます。
用語説明
[1] プロテインキナーゼ
タンパク質をリン酸化する酵素の総称。ATPのリン酸基を基質となるタンパク質に付加することで、そのタンパク質の立体構造や相互作用に影響を及ぼし、酵素活性や安定性、細胞内局在などのタンパク質機能を調節する。タンパク質のリン酸化は、細胞内のシグナル伝達の手段として一般的に見られる翻訳後修飾である。本研究で発見されたRaf13はシロイヌナズナに48遺伝子存在するRaf型プロテインキナーゼファミリーに分類され、IREH1は39遺伝子存在するAGCプロテインキナーゼファミリーに分類される。
[2] アブシジン酸(ABA)
植物ホルモンは、比較的低濃度で作用する植物の生長調節物質であり、アブシジン酸(ABA)はその1つである。英語名 abscisic acid、分子式C15H20O4で表される。代表的なABAの生理作用として、気孔の閉鎖誘導、ストレス抵抗性遺伝子の発現誘導、種子の成熟や種子休眠の維持などがある。
[3] SnRK2 (SNF1-related protein kinase 2)
タンパク質をリン酸化する酵素であるプロテインキナーゼの1種で、モデル植物シロイヌナズナには10個の遺伝子が存在する。そのうち、SRK2D、SRK2E、SRK2Iの3種がABAによって強く活性化しABA応答、すなわちストレス抵抗応答を誘導する。三重変異体(srk2dei)はABA応答性を失い、乾燥や塩耐性の劇的な低下を示す。
[4] リン酸化プロテオーム解析
リン酸化されたタンパク質を大規模に解析する技術。本研究では濃縮したリン酸化ペプチドを高速液体クロマトグラフィーに接続された質量分析計(LC-MS/MS)で解析した。
[5] プロテインフォスファターゼ
リン酸化されたタンパク質からリン酸基を除去(脱リン酸化)する酵素の総称。プロテインフォスファターゼには様々なタイプが存在するが、PP2A型はA(土台)、B(調節)、C(触媒)の3つのサブユニットから構成される三量体として機能する。シロイヌナズナにはそれぞれ3個、17個、5個の遺伝子が存在しており、計255通りの複合体パターンが想定されている。本研究ではBサブユニットとしてATBαまたはATBβが関与するPP2A複合体に着目した。
温和な生育条件ではIREH1キナーゼがRaf13キナーゼをリン酸化し活性化させます。Raf13は様々な基質タンパク質をリン酸化することで生長を促進する反面、ストレス応答を抑えます(左図)。一方で、乾燥や塩害などのストレス条件では、植物ホルモンのABAが合成され、SnRK2キナーゼが活性化します。活性化したSnRK2は様々な基質タンパク質をリン酸化することでストレス応答を促進します。この時、PP2AフォスファターゼがRaf13を脱リン酸化することでその働きを弱め、Raf13による生長シグナルを減衰させます。このメカニズムにより、植物は生存戦略を生長促進からストレス耐性の獲得へと切り替えます(右図)。
温和な環境条件を模倣した培地(上)とストレス条件を模倣した10 ?M ABA含有培地(下)におけるシロイヌナズナの主根伸長。16日齢で撮影。スケールバー: 1 cm。Raf13とRaf15遺伝子を破壊した変異体(raf13raf15)では生長が減衰し、ストレス応答が増強する様子が分かる。また、Raf13の働きを強化するIREH1遺伝子を壊した変異体(ireh1)はraf13raf15と類似の表現型を示す。
◆研究に関する問い合わせ◆
新万博体育_万博体育官网-【官方授权牌照】大学院農学研究院
生物システム科学部門 教授
梅澤 泰史(うめざわ たいし)
TEL/FAX:042-388-7364
E-mail:taishi(ここに@を入れてください)cc.wxanhx.com