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パスかシュートか?空中0.5秒の極限の選択 ?量子力学の視点で明かす意思決定の仕組み?

パスかシュートか?空中0.5秒の極限の選択
?量子力学の視点で明かす意思決定の仕組み?

 国立大学法人新万博体育_万博体育官网-【官方授权牌照】大学院工学研究院先端健康科学部門の若月翼助教らの研究チームは、バスケットボール選手が空中のわずか0.5秒間で行う選択の意思決定メカニズムを解明するために、新たな分析システムを構築して実験を行い、瞬時の意思決定が量子力学の概念に基づく「パラレル処理」によって説明できることを明らかにしました。本研究は、行動科学分野の国際学術誌「Behaviour」に掲載され、今後、スポーツ科学の枠を超えて、AIや災害対応など幅広い分野への応用可能性を示す重要な発見として活用されることが期待されます。

本研究成果は、Behaviour(12月19日付)に掲載されました。
論文タイトル:Dynamic decision-making in basketball jump shots: exploring parallel processing of shooting and passing
URL:https://brill.com/view/journals/beh/aop/article-10.1163-1568539X-bja10294/article-10.1163-1568539X-bja10294.xml

背景
 バスケットボールの試合では、選手が「シュートする」と決めてジャンプしたものの、空中でディフェンスに妨害され、シュート動作を途中で「味方へのパス」に切り替える必要が生じることがあります。このわずか0.5秒間の選択と動作の切り替えは、スポーツのスリリングな瞬間であると同時に、その背後にあるメカニズムは十分に解明されていませんでした。
 こうした瞬時の意思決定は、スポーツに限らず、交通事故回避のための運転者の判断や災害時の迅速な対応など、日常生活における危機的状況でも極めて重要な役割を果たします。本研究は、このような『即断即決』メカニズムを現実のスポーツ動作を通じて科学的に解明する初の試みです。

研究体制
 本研究は、新万博体育_万博体育官网-【官方授权牌照】工学研究院の若月翼助教を中心に、中京大学の山田憲政教授および日比野朋也実技嘱託講師、さらに大阪体育大学の平川武仁教授の協力を得て実施されました。平川教授が開発した力検知スイッチ、LEDライト、そしてフォースプレートを用いた革新的な実験手法により、ジャンプ動作と意思決定に関する詳細かつ大量のデータ収集が可能となりました。

研究成果
 従来の脳波を用いた『心』の解析手法では困難だった運動中の瞬時の分析を可能にするため、本研究では精密なタイミング制御技術と高速度撮影を組み合わせたシュート動作の実験的研究を実施し、このメカニズムの解明を試みました。

1.ジャンプの瞬間を精密に制御したシュート動作の分析システムを開発
 本研究では、10名の大学バスケットボール選手を対象に、1350試技に及ぶシュート動作を分析しました。選手がジャンプする瞬間を正確に検知し、選手の滞空時間をもとに選択の基準となるLEDの発光タイミングを精密に制御するシステムを新たに開発し実験を実施しました(図1)。

1)システムの仕組み
 選手がジャンプした瞬間を足部に作用する力で検知し、事前にフォースプレートで収集した各選手の滞空時間データをもとに、ジャンプ直後(0%)から滞空時間の10%から70%までの8段階のタイミングでランダムに選手の左右前方に設置した2台の大型LEDのいずれかを発光させました。また、LEDが発光しない場合もあり、その際には選手は予定通りゴールにシュートを打たなければなりませんでした。このように、ジャンプ中のわずか0.5秒の間という極めて短い時間制約の中で、選手は「LEDが光ればその方向へパス」「光らなければシュート」という異なる選択肢を瞬時に判断し、動作を切り替える高度な意思決定を求められました。

2)大規模なデータ収集
 本研究では、10名のバスケットボール選手を対象に、事前の滞空時間検出の予備実験を実施し、そのデータを基に、さまざまなタイミングでパスとシュートを切り替える1350試技を約1か月かけて行いました。通常、この種の選択反応実験は室内環境でモニターを使用する形式が一般的ですが、本研究では実際のバスケットボールコートを活用し、選手のジャンプ動作と空中での選択反応を高精度に解析する、大掛かりで精密な実験を実現しました。また、従来のスポーツ科学実験では、視覚刺激の提示タイミングを動作に同期させることが難しく、動作終了後の事後解析に頼らざるを得ませんでした。それに対し、本研究では視覚刺激タイミングを事前に制御する革新的な手法を導入し、ジャンプ開始後から空中での各タイミングにおいて、パスとシュートを切り替える意思決定プロセスを検証することに成功しました。

2.パスとシュートの成功率データが示す「パラレル処理」の可能性:概念モデルとしての重ね合わせ
 「パラレル処理」とは、選手がシュートとパスという複数の選択肢を同時に準備し、状況に応じて瞬時に最適な選択を行う能力を指します。このプロセスにより、選手はわずか0.5秒という短い時間内でも柔軟な判断が可能になります。本研究の実験結果は、選手がこの「パラレル処理」を実行している可能性を強く示唆しています。
 実験では、時間制約が緩い条件ではパス成功率が80%以上を記録した一方、厳しい条件では40%以下に低下しました。それでもゼロにはならず、選手が空中でパスの選択肢を保持している可能性が示されました。一方、シュート成功率は全条件で80%以上を維持し、選手がシュートを最優先に準備しながらも、パスへの切り替えを視野に入れていることが示されました。この結果は、単純なシリアル処理(まずシュートの準備をし、それができない場合にパスの準備をする)の切り替えでは説明が難しい迅速性を示しており、選手が「パラレル処理」を行っていることを裏付けています。
 この「パラレル処理」を理論的に説明するため、本研究では量子力学における「重ね合わせ」という概念を採用しました。量子力学の『重ね合わせ』とは、二つの異なる状態を同時に保持する特性を指します。本研究では、この概念を選手のシュートとパスの準備に比喩的に適用しました。つまりこの概念をバスケットボール選手の空中動作に当てはめる我々の見方は、選手がシュートとパスという相反する選択肢を同時に準備し、そのどちらにも即座に対応可能な状態を比喩的に表現する枠組みです。この見方を導入することで、従来のシリアル処理モデルでは説明が難しかった迅速な意思決定プロセスを新たに解釈する手がかりを提供します。
 本研究は、この「重ね合わせ」の枠組みを通じて、選手が極限状況で迅速かつ柔軟に意思決定を行うメカニズムを解明しました。このモデルは、単にスポーツの動作解析にとどまらず、交通事故回避や災害時の迅速な判断など、現実世界の緊急状況における意思決定プロセスの新たな理解にもつながると期待されています。

3.肘関節の「停滞」に現れる選択の葛藤
 本実験のもう一つの重要な発見は、シュート中に選手の肘関節の動きが「停滞」する局面が確認されたことです(図2)。この「停滞」は、情報系としての「心」と力学系としての「身体」の間で生じる葛藤を反映しています。具体的には、質量を持たない情報処理系である「心」は、量子力学の重ね合わせ特性を持ち、複数の選択肢を同時に準備することが可能です。一方、質量を持つ力学系である「身体」は、一度にパスかシュートのいずれか一つの動作しか実行できず、重ね合わせのような状態にはなり得ません。この「心」と「身体」の特性の違いによって葛藤が生じ、それが肘関節運動の停滞という形で動作に現れることを明らかにしました。

今後の展開
 本研究は、時間制約のある人間の意思決定メカニズムの解明に向けて大きな前進を示しています。この成果は、スポーツ動作の理解を深めるだけでなく、交通事故回避のアルゴリズム開発や災害時の迅速な意思決定支援、自律型ロボットのリアルタイム意思決定やスポーツAIの開発への応用が期待されます。また、スポーツ選手や一般の人々が意思決定能力を向上させるための教育プログラムの基盤としても活用される可能性があります。


 

図1:実験構成図

 選手はスタート位置からドリブルを行い、ジャンプ位置(力検出スイッチ)に到達してジャンプシュートを行います。その際、左右前方のLEDが点灯した場合は点灯した位置にいるレシーバーへパスを出し、LEDが点灯しない場合はシュートをする必要があります。LEDの点灯タイミングは、選手の事前に取得した滞空時間データを基に、ジャンプ直後(0%)から70%の範囲で、10%刻みのランダムなタイミングで設定しました。


図2:選手のシュート動作と肘関節角度変化およびシュートとパスの成功率

 左図は選手の滞空中における動作を0%から70%までの肘関節角度変化とともに示したものです。右図は各タイミングにおけるシュートおよびパスの成功率を表しています。時間制約が緩い条件ではパス成功率が80%以上を記録した一方、厳しい条件では40%以下に低下しました。それでもゼロにはならず、選手が空中でパスの選択肢を保持していることが示唆されました。これは、選手がシュートを優先しながらも、状況に応じてパスへの切り替えを意識的に準備していることを示しています。一方、シュート成功率は全条件で80%以上を維持しており、選手がシュートを最優先に準備しながらも、パスへの切り替えを視野に入れていることが明らかになりました。
 これまでの研究では、人間が動的な目標変更を行うには最低186ミリ秒の反応時間が必要であることが示されています(例:フェンシングにおける動的目標変更)。さらに、各選手の滞空時間を調べた予備実験では、ジャンプシュートは滞空時間の80%(416ミリ秒)までに完了することが確認されています。これらに基づくと、シリアル処理モデルでは、動作終了からの逆算で離地後230m秒(滞空時間の40%と50%の間)が限界であることになります。しかし、本研究の結果、離地後230ミリ秒以降も成功率がゼロにならないことが確認されました。これは、シリアル処理モデルでは説明が困難であり、選手がシュートとパスを同時に準備する「パラレル処理」を行っている可能性を強く支持する結果です。さらに、パスへの変更可能性がある試技(変更試技)では、肘関節が一時的に停滞する現象が観察されました。この停滞は、選手がシュートとパスの両方を同時に準備し、どちらの選択肢にも迅速に対応できる状態であることを示唆しています。これを「重ね合わせ」という概念で比喩的に説明することで、選手が状況に応じて複数の選択肢を柔軟かつ迅速に切り替える仕組みを新たに解釈する視点を提供しました。




◆研究に関する問い合わせ◆
 新万博体育_万博体育官网-【官方授权牌照】大学院工学研究院
  先端健康科学部門 助教
  若月 翼(わかつき つばさ)
   TEL/FAX:042-388-7969
   E-mail:twakatsuki(ここに@を入れてください)go.wxanhx.com

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